福音たるゴスペル音楽を楽しもう

ゴスペルを知ろう

詳しく知っている人がどれくらいいるか

『ゴスペル』とは何かと尋ねられると、恐らく大半の人が歌の種類と答えると思います。それは確かに正しい、正しいですが、歴史や意義、背景などを紐解いていくとただの音楽と称してはいけない側面もある。それが何かと聞かれたら、そこまで奥深いところまで知らない人は答えに詰まるだろう。それは仕方ないにしてもだが、ゴスペルというものが本来宗教的な意義を考慮すれば非常に神聖なものであること、それを理解できると思います。

日本でもゴスペルを活用して歌手活動をしている人がいます。真っ先に思い浮かぶものといえは『ゴスペラーズ』という、90年代後半から00年代序盤時にブレイクしたユニットが印象深いはずだ。ただこのグループはゴスペルというよりは、普通のポップス歌手的な要素のある人達と考えるほうが適切でしょう。そもそも本来の彼らが歌い上げるものと、本場のゴスペルを主軸として活躍する歌手、歌手ではないが歌い手を担っている人たちとでは質がまるで違ってきてしまう。

では本来あるべきゴスペルとは一体どのようなものなのか。正しいあり方であるゴスペルとは歌いあげる人々にとって、どのような影響を及ぼしているのか、それらを少し考えてみる。

ゴスペルの本質は

ゴスペルと呼ばれる音楽はアメリカで生まれた。発祥を聞かされれば納得する人もいるでしょう、そしてもう一つ気づくことがあると思います。それはゴスペルという音楽を嗜んでいるのが、『黒人』に多いという事実に。これにはもちろん理由が存在している、当時奴隷として大量のアフリカ人がアメリカへと連行された開拓時代において、人権も言語も宗教ですら剥奪されてただ労働力と言わんばかりに酷使されていました。

絶望的な状況下で、そんな彼らを支えたのが他でもない『宗教』だったのです。あえて明言する必要もないのでしょうが、黒人たちの心を救ったのは他でもない、『キリスト教』だったのです。神がもたらす福音と出会った人々によって、黒人の奴隷だった人々はキリスト教へ改宗していった。しかし社会のどん底でもある奴隷だった彼らには、神に捧げる供物は何もなかったのが問題と考えられる。その後彼らが唯一神へ捧げる事が出来たのが、『賛美歌』としての歌によるものでした。

原点にはアフリカならではのリズムにブルー・ノート・スケールをヨーロッパならではの賛美歌とで融合させることによって、これまでにない新しい音楽を生み出します。それが『ゴスペル』であり、音楽が内包する歴史的背景には、語らなければならない、知らなくてはならない、人種差別という歴史と深く繋がっていた。ゴスペルは当時苦しめられていた黒人たちにとって数少ない、神様を崇めるために出来る儀礼的な行いなのです。

宗教的な見解で

神様への敬愛を示すために用いる手段としてのゴスペル、今でももちろん多くの黒人たちに愛され続けている、いわばソウル・ミュージックみたいなものだ。日本人には中々分かりづらい、神様を敬うための歌という性質が強いのですが、大多数の人は音楽の位置ジャンルとしか見なしていない人が多いと思います。好かれる分にはそれもありなんでしょうが、本質的な誕生理由を知っているのとそうでないのとでは、ゴスペルに対する見方も全く変わってきます。

賛美歌とは神へ献上する供物として扱われるものなので、黒人のゴスペルもまた教会で熱唱されていた。但し教会で歌うにしても、避けては通れない問題が立ちふさがります。何を隠すこともない、人種差別という点だ。

教会としての考えは

神へ捧げる賛美歌的に黒人たちからは見られていますが、白人主義の強い教会にとって当時は異端として扱われていました。しかしそれも現在ではおおらかになって容認されるようになり、事実上はほぼ教会でも愛される音楽へなり代わった。元はプロテスタント系のキリスト教宗派から誕生したゴスペルは、主軸でもあるカトリック系にも認められるようになって、最近では若者を信者にするためにとして利用されてもいるとのこと。

教会と音楽を結びつけてくれた働きからして、ゴスペルの在り方も段々と変容していきました。だがやはり人種差別の機運が高かった時代においては、ゴスペルこそ認めても黒人だけは蔑むべき対象といった、そんな意味合いが込められていた。

顕著だったのが1930年代のこと、この頃には黒人教会と白人教会とに分けられており、音楽としてのゴスペルは普及していたという。本質的には同じゴスペルでも歌唱している人種の違いから、

などと呼ばれていたという。

分離する必要があったのかと思うでしょうが、分離するだけ両者の音楽性が乖離していた事もあって、当時の人種差別がどれだけ酷く肌の色が違うというだけで苛酷な環境に、黒人が置かれていたのかを知ることが出来る。

現在ではこうした差別的な用語を使用しないようになっており、両者の溝も時間を掛けた長い闘争と共に埋まっていったのです。

今日におけるゴスペルとは

ゴスペル1つ語るだけで人種差別というナイーブな問題に抵触します。また現在のゴスペルの在り方をきちんと理解していないと、琴線に触れてしまってトラブルになったという例にも繋がりかねない。なので知っておいて貰いたいのが、現代でいうところのゴスペルと、白人たちがこよなく愛したとされるゴスペルは、今でも呼び方は変わっているのです。

どのように変遷したかというと、

上記の様になっているのだ。

ゴスペルの源流はやはり黒人が生み出した賛美歌という性質が尊重され、白人たちが愛したゴスペルが本流に成り代わるという展開はない。一見すると白人が創りだした音楽と勘違いする人もいるかもしれませんが、ゴスペルは黒人たちが身分の低い自分たちでも出来る神への喜びと敬愛を表す手段だった。

ただ音楽として楽しむのではなく、ゴスペルが誕生するまでの歴史を垣間見るだけで印象はまるで違います。そこまで承知の上で、ゴスペルの在り方と歴史はきちんと見なおす必要がある。

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